うすむらさき



 春の訪れを告げる桃色の花がはらはらと街を舞い始めた日、ボクの愛しいひとの髪にも、花が咲いた。
 それは、春霞を思わせる薄紫のふわりとした花で、あのひとの金色の髪に飾られると、まるでやわらかな光のプリズムが散っているかのような幻覚を生んだ。
「花祭りおめでとう、かわいいお嬢さん」
 相手が自分よりずっと上官であることも、少年のふりをしていることも知らず、背の高い精悍な軍人は、鳶色の瞳を細めてそう言った。
 花を飾られたあのひと――ボクの大切な姉さんは、いつものように自分は男だと主張することも、相手を拒絶することもなく、頭上にある男の顔を見つめて、呆れたように笑って見せた。

 周囲では桃色の花が、人々に希望を振りまこうとするかのごとく舞っているはずなのに、ボクの視界は途端に色を欠いた。目の前の世界がすべて灰色に変わり果て、まるで心までもが、体温や感覚を失ってしまったかのように思えた。
 孤独だ、と思った。鉄の身体で感じられるはずのない胸の閉塞感を思い出しながら、自分はさびしいのだと、初めて強く自覚した。


 その晩、入浴を終えた姉さんは、どこか落ち着きのない様子でボクに近づくと、子どもみたいに小さな手でボクの腕を掴んだ。
「どうしたの、姉さん?」
 努めていつもどおりの声色を発しながら、ボクは読んでいた本を閉じた。目の前の姉さんは、気まずそうに俯きながら両手でボクの片手を持ち上げると、自らの頬へといざなった。
 なめし革でできたこの指では、湯上りの火照った肌の温度も、そのやわらかさも、感じることはできない。それでも姉さんは熱や感触をなんとか伝えようとするかのように頬をすり寄せながら、消え入るような声で、ごめん、と言った。
「……どうして謝るの?」
 ボクの問いに、すぐに答えは返ってこなかった。姉さんは意図を汲み取ってもらえなかったことへの戸惑いと落胆を顔に滲ませながら、言葉もなく瞳を伏せた。
「どうして?ボク、怒ってるように見えた?」
 その答えは肯定であるはずなのに、姉さんは首を縦に振らなかった。その理由が姉としての虚栄心ではなく、恐怖であり罪悪感であることを、ボクは十分にわかっていた。
 粗暴に見えて誰よりも繊細なこのひとは、ボクが抱く暗澹たる気持ちを感じ取っているに違いなかった。それが具体的に何なのか、どこに起因するものなのかはわからなくとも、きっと自らの過ちのせいなのだろうと決めつけてしまうほどに、このひとが胸に持するボクへの贖罪の気持ちは強かった。
 湯浴みを終えたばかりの姉さんの髪は、まだわずかに湿りを帯びて重く垂れ下がっていた。きっと、甘い石鹸の香りがするのだろう。そんな想像を巡らせながら、ボクは姉さんの唇へ自らの親指を添えた。
「それとも、さわってほしいの?」
 まるで、やさしさだけを胸に宿した弟であるかのように。
 姉の欲望を満たすため懸命に尽くす、健気な弟であるかのように。
 そう振る舞うのは、この胸に渦巻く汚い感情を隠したいからじゃない。ただ、どこにもぶつけられない暗く湿った想いを、愛しくやさしいひとにぶつけてしまいたいからなのだと思う。
「ねえ、姉さん。教えて」
 だってもう、ボクにはあなたしかいない。親を失い、人間の身体も、帰る家も失ったボクが甘えられるのは、あなたしかいない。
「ボクが姉さんのほしいものを、なんでもあげるから」
 だからどうか、ボクのことを置いていかないで。


 寝間着代わりのタンクトップをゆっくりとたくしあげると、引き締まった腰回りの上に、やんわりと膨らんだ胸が顔を出す。果実のごとくぷっくりと色づいた先端に目を留めながら、さらに上へと服を引っ張ると、姉さんは従順な子どものように両手を上げ、その身にまとったものを取り去ることを許した。同じく下のハーフパンツも脱がされ、下腹部を覆う下着だけの姿になると、手順を示し合わせたかのようにボクの膝へのぼり、首回りへと腕を伸ばした。
 いつものように、頬から首へ、そして胸へと手を滑らし、控えめな膨らみを指先で包み込めば、はぁ、と甘い吐息が姉さんの鼻から漏れた。
「姉さんのお乳、前よりすこし大きくなったね。ボクがたくさんさわってあげたからかな」
 そんな言葉をかけながら、親指と薬指で白く丸い膨らみをこねるように揉んでやれば、姉さんの頬はだんだんと赤みを増してゆく。羞恥の朱は白い肌によく映えて、灰色だったボクの世界が、すこしずつ色を取り戻してゆく。
「ここも……とても綺麗。桃色で、今日見たお花みたい」
 ね、と同意を求めつつ、すでに硬く立ち上がる先端を指で弾けば、姉さんの身体もビクリと跳ねる。素直な反応が嬉しくて、今度は指で摘まんだあと、潰すように強く指を擦り合わせると、姉さんはさらに顔を赤くして、瞳に涙を滲ませる。
「痛い?痛かったら言ってね?」
 こんなもの、痛いに決まっている。人間の肌ではなく、硬く擦り切れた革で特に弱いところを刺激されているのだから。それなのに、姉さんは必死に首を横に振ると、きもちいい、という言葉を絞り出す。
「そう?よかった」
 望みに応えるふりをして、両胸を握り潰さんばかりに掴むと、堪えきれない苦悶の声が漏れ始める。泣き声にも似たそれを聞きながら、片手の指を肋骨へと滑らし、腹から下腹部へ移動させると、辛うじて肌に残った白い布の上から、最も弱い部分を刺激する。
 すでに溢れ出した粘液が生む、ぐちゅぐちゅと淫猥な音に耳をすませながら割れ目を上下になぞると、姉さんはたまらないというように白い喉をのけぞらせる。そこへ歯を立てる人間の姿の自分を想像しながら、割れ目の上の芽をいじってやれば、ひゃんっと甘い悲鳴が上がる。
 金色の瞳からこぼれた涙がこめかみを伝い、髪の中へと流れ込んでゆく。昔、ふたりでスコーンに付けて食べたシロップの黄金色とその甘さを思い出しながら、今度は割れ目へ指先を埋め、奥へ奥へと押し入れる。
 アル、アル、と、命乞いにも似た震え声は、強気な姉さんが通常は決して発さないものだった。ただ、このときだけ。己の急所を割り開かれ、体内にボクの指を受け入れるときだけ、姉さんはこんなにも怯えた声を出す。今日、姉さんに花を添えた軍人が、決して聞くことのない声。そう考えると嬉しくて、まだ胸へふれていた手を下ろし、下着をずり下げれば、姉さんの恥ずかしいところが露わになる。快楽などなく、ただ痛みだけだったはずなのに、粗相でもしたかのごとく滴り落ちる体液は、下着との間に糸すら引いている。
「ぐしょぐしょになってる。そんなに気持ちよかったの?」
 無垢を装い尋ねれば、耳の先まで朱に染めた姉さんは、濡れた瞳を細めながらコクリと頷く。きっと、そこに嘘はないのだろう。このひとは本当の交わりというものを知らないのだから。無機物の弟から与えられる懲罰にも似た痛みを、快楽だと信じ込んでいるのだから。
 そう、よかった、とつぶやきながら、再び割れ目へ潜りこませた中指を奥へ進めてゆくと、振り落とされまいとするかのごとく、姉さんはボクの身体へ縋り付く。ガクガクと震える細い身体を支えるため、空いているほうの手を背中に添えると、皮膚を押し上げる背骨の形がよくわかる。
 狭く硬い肉壁を割り開き、最奥へと辿り着くと、子を成す器官の入り口をぐいと指先で押しつぶす。堪えきれず姉さんがこぼし始めた嗚咽が部屋に響き、淫猥な水音と呼応する。無機物の身体でこんなことをしたって、快楽を得られるわけでも、なにかを残せるわけでもない。虚しさで全身をいっぱいにし、決して手の届かない熱へ、肌の感触へ、もどかしい想いを募らせるだけだ。
「……ねえ、姉さん」
 それでもボクには、この行為が必要だった。愛情表現であり、甘えであり、契りでもあるこの行為が。ボクにはもう他になにもないのだと、あなただけがすべてなのだと、約束にも呪いにも似た想いを注ぎ込み、愛しいひとを縛りつけるために。
「だいすきだよ、姉さん。ボクは昔からずっと、姉さんのことがだいすきなんだ」
 泣きじゃくり、苦し気に喘ぐひとへ向け、語りかける。だって本当は、わかっているから。あなたはきっと、ボクを置いていってしまったほうが、幸せになれるのだろうと。人の姿を欠いた翳のような弟を捨ててしまえば、ただの女の子としての、平穏な日々を手に入れられるのだろうと。
「だからね、姉さん……」
 あなたを愛している。あなたの幸せを、心の底から願っている。けれど、どうか――……。
「どこにも行かないで。いつまでも、ボクのそばにいて」
 ボクのたったひとつの我儘を聞いてくれるのなら、どうか。


 金色の髪に咲いた、うすむらさき色の、かわいい花。
 ボクの心へ種を落とし、瞬く間に嫉妬という名の毒を開かせた、罪深い花。
 昼間はあれだけ美しかったそれは、すでに萎びてテーブルの上へ置かれている。きっと明日になれば、命を欠いた不要なものとして、屑籠へ捨てられるだろう。

 その姿を自分に重ねながら、願う。どうかいつまでも、このひとがボクを愛してくれますように。いつまでも、ボクを、自らの罪の形を、恐れてくれますように。
 そんな穢い願いに気付きもしないまま、腕の中の姉さんはコクリとひとつ頷くと、涙に濡れた頬をゆがめ、精一杯にほほえんで見せた。





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