昨日の夕方のことでした。ボクは町長たちの無理な依頼で町まで仕事に行き、家に帰るなり、いつもと様子が違うことに気が付きました。扉にも鍵にも異常はありませんでしたが、家の周りにいくつもの足跡があったのです。
侵入者だ、とすぐに気付きました。そしてひとり部屋で眠っているであろう姉が見つかれば、一体どんな目に遭うだろうかということにも。
本来ならすぐに扉を開き、姉のいる部屋へ押し入り、侵入者を捕まえるべきだったのでしょう。しかしボクは、いや、ボクの本能のようなものが、それを阻みました。
見てみたかったのです。理屈でも策略でもなく、ただ純粋に、ボクは〈それ〉を、見てみたいと思ったのです。
音を立てないように玄関扉を開き、そっと中に入ると、姉を寝かせている部屋から人の話し声が聞こえました。足跡から予想したとおり、侵入者はひとりではなくふたりのようで、昂った声でなにかを話して笑い合っており、その合間から、姉の引きつったような泣き声が聞こえました。
鎧が軋まないように足を忍ばせて部屋へ近づくと、すでに開いている扉の隙間から中を覗き込みました。そこには、予想していたとおりの光景がありました。まだ若い男ふたりが姉の寝台に乗り、服を剥ぎとられ裸になった姉の身体を弄んでいたのです。
その男たちは、以前から町でボクの姿を見るなり、なにか物をぶつけたり、野卑な言葉でからかったりしてくる不良グループの中のふたりでした。きっと、余所者で鎧姿のボクに興味を持ち、留守中に窓を割って侵入したところで、無防備に眠る姉を見つけたのでしょう。
男のうちひとりは姉の頭上へ座り、姉の欠損した右肩と左胸を背後から押さえ、その身体を固定していました。対してもうひとりは、姉の脚の間に割り入り、ズボンをずり下げ取り出したものを姉の秘部へ捻じ込み、腰を振っていました。その振動に合わせるように姉は嗚咽を漏らし、顔を真っ赤にして泣いていました。痛みに加え、知らない人に触れられる恐怖によるものでしょう。その顔はいつもよりずっと幼く、助けを求めているように見えました。
それなのにボクは、ただひたすらにその光景を見ていました。最愛の姉が、見知らぬ男たちに犯され苦しむ姿を、扉の隙間からじっと見つめていました。
姉の身体にのしかかって腰を振っていた男は、やがて快楽の吐息とともに動きを止めました。達したのでしょう。しばらく姉の脚や右胸の感触を楽しんでいましたが、もうひとりの男に場所を代われと言われると、しぶしぶ身を離しました。一瞬見えた姉の秘部からは半透明の液体が垂れており、体内に直接精を注ぎ込まれたことは明白でした。
先ほど姉の上半身を押さえていた男が足側に来ると、まずは姉に覆いかぶさり、その唇をふさぎました。慣れない行為に恐怖したのか、姉は呻きながら逃れようとしましたが、頬をしっかりと抑え込まれているため叶わないようでした。男は姉の唇の次は頬へ舌を這わし、首すじを舐め取ると、今度は胸を両手で挟んで中央へ寄せ、その先端へ交互に吸い付きました。男の舐め方は執拗で、胸をこねる手つきも緩慢でした。姉はまだ怯えていましたが、敏感な場所へ与えられる舌の愛撫が心地よいのか、段々目をとろかしてゆきました。先ほどまでの必死な抵抗ではなく、快楽による身動ぎが始まるころになると、姉は口から露骨な喘ぎ声を漏らしていました。それはボクの聞いたことのない、甘く淫蕩な声でした。そこに居るのは、ボクの知らない姉でした。
男はひとしきり姉の乳房を味わうと、今度は足の付け根に顔を運び、先の男に散々いじられたあとであろう肉芽を舌で刺激しました。途端に姉の腰はおもしろいほどに跳ね、そのまま達してしまったようでした。先ほど姉に挿入していた男が、姉の堪え性のなさを揶揄し、露わにしたままの性器の先を、欠損し丸い瘤のようになった姉の右肩に擦りつけました。
姉の陰核を舐めしゃぶっていた男は顔を上げ、ベルトを外し、ズボンの前を開きました。そして姉の右脚を小脇に抱えると、姉の中へ押し入り始めました。姉は先ほどとは異なり、自ら腰を振って快楽を欲しがり、それを見て男たちは笑いました。
それは姉を愛するボクにとって、地獄さながらの光景だったはずでした。
けれどボクの心に、男たちへの怒りはまったくわいてきませんでした。そこにあるのは、物言わぬ骸に成り果てた冷たい絶望感でした。
男たちが姉へしたこと、くちづけも、舌での愛撫も、膣内への射精も、鉄くれのボクが望んでもできないことばかりでした。姉を愛している途中、何度それらの行為が頭を過ぎったかわかりません。姉のやわらかな肌をこの手に感じ、敏感な部分を味わい、胎内へ種子を注ぎ込みたい。それはどれほど気持ちのよいことだろうと、どれだけ夢想したかわかりません。
そのたび、ボクはほとんど防衛本能のようなもので、その思考を打ち消してきたのだと思います。だって本当は、わかっていたのですから。この身体で姉のすべてを愛してやることはできない。この身体で姉を満足させてやることはできない。ボクらは本当の意味で、繋がることなんてできない。
そんなとき、ふいにあの声が聞こえました。
姉の身体にふれたときにだけ、聞こえる声。
アル、とボクに呼びかける、あの声が。
でもおかしいのです。部屋の中の姉は男に奥を突かれるたびに、あっ、あっ、と快楽に溺れた声を上げており、ボクの名前など呼べるはずがないのです。それなのに、どうしてボクには聞こえるのでしょう。ボクの名を呼ぶ姉の声が、あまりにもはっきりと、どうして。
ふたりめの男が達して姉の中へ精を注ぎ込み、役目を果たした性器を引きずり出したとき、ボクは思い切って扉を開け、部屋へと足を踏み入れました。男たちは飛び上がらんばかりに驚き、やばい、と叫んでズボンを引き上げていましたが、ボクは姉に覆いかぶさっている男の頭を掴むと、そのまま窓へ投げつけました。すでに割られていた窓は大きな音を立ててさらに砕け、男は麻袋のように重い音を立てて窓の外へ落ちました。それを見たもうひとりの男が、真っ青になってベッドから飛び降り、硝子で腕や脚が切れるのも構わず窓から外へ飛び出すと、仲間を背負って逃げてゆきました。
ベッドに取り残された姉は、涙に濡れた瞳を歪めて、虚ろながらもどこか満足気な笑みを浮かべているように見えました。首や右肩、胸の先には痛々しい噛み痕が散らばり、顔を殴られたのか、頬が腫れて口の端から血が出ていました。
その唇はうっすらと開いていましたが動いてはおらず、なにも言葉を発してはいませんでした。
それなのに、ボクにはまだ聞こえていたのです。アル、アル、とボクを呼ぶ姉の声が。
抜け殻のような姉の肢体をしばらく見下ろしたあと、ボクはやっと、その声の正体に気付きました。それは細い呼吸だけを繰り返す姉の口からではなく、あの場所から発せられていたのです。あの日ボクの身体を連れ去った、異形の門。そして今は、ふたりぶんの精液を垂れ流す、あの割れ目から。
なんだ、とボクは思いました。ずっと聞こえていた声は、姉のものではなかったのです。
あの日ボクの身体を連れ去った門は、ひとつ食い残した魂を前に舌なめずりを繰り返すがごとく、ボクの名前を呼び続けていました。
よく見ると、姉の右脚は股関節が外れてしまったかのように、膝がおかしな方向を向いていました。先ほどの暴力のせいだろうかと思いましたが、痛がっていないところを見る限り、もっと前に負った怪我のようでした。きっと、ボクがやったのでしょう。姉の負担も考えずに毎日脚を開かせていたばかりに、せっかく残った脚を外してしまい、それに付きもしなかった。そこに来てやっと、ボクは自分が取り返しのつかないほどおかしくなっていることに気付いたのです。
アル、ともういちど、やさしい声がボクを呼びました。
甘ったるい声で繰り返される誘惑に意識がくらりと揺れ、魂を引かれるような気がしました。ボクは激しく、門の向こうへ戻りたいと思いました。そこにはボクの身体があり、姉の手脚があるのです。きっと、壊れる前の魂もそこにあるでしょう。足りないのは姉の身体と、ボクの魂だけ。これだけ捧げれば、ボクたちはまた向こうで完全になれる。互いの肉体と魂を繋ぎ合わせて、ひとつになることができる。
考えるより先に、ボクは姉の首へ手を掛けました。姉はまだ虚ろな笑みを浮かべたままで、自分がなにをされているのかまるで気付いていない様子でした。
姉さん、とボクは呼びかけました。
できるだけ穏やかに、自分たちの門出を祝う、晴れやかな気持ちで。
おやすみ、姉さん。またすぐに、会おうね。
そうささやきながら指に精一杯に力を込めると、やがて姉の首から枝が折れるような音がし、かすかな呼吸は止まりました。
これが、ボクたちの理由であり、結末です。
悲劇だと思われましたか?それとも、あまりにも滑稽な喜劇だと思われたでしょうか。
もうすこしすれば、火の手を認めた町の人たちがここへやってくることでしょう。
その前にボクはこの手紙を書き終えて、姉のところへ行こうと思います。
最初にお願いしたとおり、姉の遺体はどうかリゼンブールの母の墓へ埋めてやってください。
ボクの鎧に同じことをする必要はありません。これはただの脱け殻であり、本当のボクはこの鉄塊から解き放たれ、門の中へ飛んでゆくのですから。
そこには、ボクの姉さんがいるのです。誰よりも愛しいあのひとが、中身のないボクの肉体を生身の腕で抱きしめて、魂の到着を待ってくれているのです。
ボクはそこへ飛び降りて、姉さんの膝の上でゆっくりと目を開くのです。あのひとはきっと、昔のようにきらめきを宿した瞳をゆるめて、愛おし気にボクを見下ろしてくれるのでしょう。
そしてボクたちは唇を重ねるのです。
どれだけ焦がれたかわからない互いの熱を味わい、割れていた魂がひとつに戻ったとき、ボクたちはやっと、罪から解き放たれるのです。
『叩け、天国の扉』