誰にも言わない
手のひらに当たるまあるい形。命の起源を思わせるあたたかな肌の感触。遠い昔に口へ含んだ、甘いミルクの味。
母さんの胸に抱きしめられたときのことを思い出すたび、この身によみがえるのは、どれもやわらかくあたたかなものばかり。手触りも、温度も、香りも、母さんの記憶に付随するものはすべてまろく穏やかで、まどろみを誘う春の陽射しのように、この胸をやさしく満たす。
きっと、お前も同じなのだろう。たとえば野に咲く花を見て、あれは母さんの好きな花だったね、と言うとき、または冷たい風の吹き荒ぶ夜に、こんな日は母さんのシチューが余計においしかったね、と懐かしむとき、お前の声はいつも安らいでいるのだから。そんなときオレにはいつも、お前の顔がほほえんでいるように見える。たとえ今は筋肉も皮膚も持たない鉄の身体に魂だけを宿しているとしても、お前が鈍色の頬をゆるませて、昔みたいにはにかんでいるように見える。
オレたちにとって、母さんは神に等しかった。たとえ幼いころから科学を信奉し、神に祈ったことなど一度もなかったとしても、オレたちは母さんという存在を心から信じ、愛し、敬っていた。父親を欠いた家において、母さんは唯一オレたちを守ってくれる存在であり、また、オレたちがひとつのためらいもなく崇められる存在でもあった。
だからオレは、オレたちの記憶に住まう母さんが、いつまでも綺麗なままであればと願う。
たとえそれが、幼いころに喪ったが故の過度な神格化だとしても、オレはオレたちの中の、なによりもお前の中の、完璧な〈母さん〉を損ずることがあってはならないと思う。
だってそうでなければ、オレたちが罪を背負った意味がない。手脚を、身体を、無邪気な子供時代を失った理由がない。この惨状にせめてもの慰めを与えてくれる、母さんという完全な存在。一点の濁りも持たない、オレたちの神さま。それにまで傷が付けば、きっと自分たちの愚かさに打ちのめされ、お前まで気がおかしくなってしまう。
だからオレは、記憶の中の母さんを守るためなら、どんな嘘でもつこうと決めている。たとえ母さんの後ろ暗い秘密を知ってしまうようなことがあったとしても、オレはお前にその事実を明かさない。
ほんとうのことは、決して、誰にも言わない。
「もう……いい加減にしてよ」
暗闇の中、さらに深いふたつの奈落がオレを射抜く。金属の身体を軋ませ、はあ、と本来必要のないはずのため息を吐くと、お前はオレのベルトへ手を掛ける。
後ろ手で身体を支えて両脚を大きく開き、下腹部を突き出す姿勢で腰かけるオレは、酷く間抜けに見えるのだろう。そうだ、オレは馬鹿なのだ。世間では天才だのなんだのともてはやされているが、本当はただの愚かな罪びとなのだ。お前だけがそれを知っている。お前だけが、こんなオレの姿を知っている。
「やけに帰りが遅いと思ったら……。まさか誰かに見せてたんじゃないよね?」
「んっ……ちが、う。お前以外に、こんな、こと……」
「本当?姉さん、最近どんどん酷くなってるから」
小言を漏らしながら、太い指で器用にベルトを解くと、今度はズボンの前開きのジッパーを摘まむ。ゆっくり、わざと焦らしながら押し下げてゆく動作に、身体の芯が疼いて気が狂いそうになる。
「ボク、心配してるんだよ。姉さんがこんな変態だなんて世間に知れたら、ボク、恥ずかしくてもう姉さんと一緒に外を歩けないもの」
冗談めかしてそう言って、お前はがらんどうの鎧の中でまたひとつ息を吐く。そしてジッパーを下ろし終えると、親指の腹で下着越しに陰核を捉え、潰そうとするかのごとく刺激する。
「ひゃ、ぁ……っ!あ、アル!アル……っ!」
「もうぐちょぐちょ。お漏らししたみたい。本当に、誰にもさわらせてない?」
快楽と痛みを振り払うつもりで必死に首を縦にふれば、やがて指は下に滑り降り、すっかり火照った割れ目を開く。ぐちゃぐちゃと淫猥な水音が耳に届き、それだけでも達してしまいそうなのに、太い指はオレの〈奥〉にあるものを捉え、さらに奥へと押し込もうとする。
「ひあっっあ…あぁっ……ん」
「これはなに?今回はなにで作ったの?」
痛みに起因する快楽にのたうち回るオレをよそに、すこしずつ、すこしずつ、中のそれでオレの中を掻き混ぜるようにしながら、お前は問う。どこまでも冷静な声が、知性を捨てたけだもののように喘ぐ自分との差異を浮き彫りにして、羞恥に胸が昂ってゆく。
「ねえ、姉さん。これはなにで作ったの?」
「んっぁっ、たいさの……ん、机の上に、あった……ペーパーウェイト……っ」
「勝手に盗ったの?もう……大佐が困るよ」
そうだ。オレは上官の机から丸いクリスタルを盗み、それをポケットに入れた。あれは数年前、お前に言われて嫌々買ったあの男への土産だった。それを律儀に使っているあの男のやさしさを踏みにじるかのごとく、オレはそれを盗り、そして手洗い場へ行くと、個室に入ってクリスタルの形を変えた。平べったく丸かったそれを棒状に錬成し、自らの膣へ一気に挿し入れた。
貫かれる痛みで息が詰まり、視界に涙が滲んだ。それでもさらに奥へ押し込んで、そのまま下着とズボンを上げると、なにごともなかったかのように個室を出た。
そしてオレは、司令部から宿までの道を歩いてきた。顔見知りの少尉が車で送ると申し出てたのを断り、一歩一歩、体内に咥え込んだ異物の感触を味わいながら、帰ってきた。ただ、お前のことを考えながら。お前が与えてくれる愛撫を、痛みを、腹の奥を突く刺激に重ねながら。
その望みを果たすかのごとく、ただいま、と部屋に入ったオレを見た瞬間、お前はすべてを見抜き、またなの、と乾いた声でつぶやいた。
「ひゃぁ……アル......!アルっ!」
「なに?こうしてほしかったんでしょう?」
ぐちゃぐちゃと音を立てながら棒状のクリスタルで中を掻き混ぜ、お前は平然とそう問い返す。身体にもう力が入らず、口から垂れる涎すらも拭えぬまま、陸に打ち上げられた魚みたいに腰が跳ねる。胸の先が疼いて仕方がなく、タンクトップを捲り上げて膨らみの先端を指でつねれば、それを咎めるようにお前はまたクリスタルを奥へ押し入れる。それを合図にオレの全身へ電流が走り、快楽の頂点へと上り詰めた。
はぁ、はぁ、と自らの荒い呼吸音だけを耳にしながら、まるで重力に押し潰されるような倦怠感で、背中からベッドへ倒れ込んだ。そんなオレを、お前は変わらず見つめている。暗闇より深いふたつの奈落で。無様なオレを責めるように。情けない姉に失望するように。
「ぁ……ァ、ル……アル……」
「手が汚れちゃった。舐めてくれる?」
オレが名を呼んだ理由を知りながら、お前は平然とそんなことを言う。その冷酷さに子宮が熱く脈打って、もっと欲しいと主張し始める。
「ゃ、だ……アル……もっと、もっと……して……?」
「嫌だよ。もうこんなに姉さんのものまみれだもの」
ほら、とオレの体液でしどけなく濡れた中指と人差し指を開けば、その間に粘度のある糸が引く。あれはオレの浅ましさそのものだ。オレの破綻した人間性そのものだ。
「ほら。舐めてよ、姉さん」
やわらかくも有無を言わせぬ口調で言われれば、オレはもうお前の奴隷も同然だ。ベッドに沈む重い身体をなんとか引きずり起こすと、今度は前に片手を突き、もう片方で差し出された手を握る。てらてらとぬめる自分の恥ずかしい体液を眺めると、命じられた通り指を口へ含む。舌に当たる、硬いなめし革の感触。どこかほろ苦いそれと己の分泌物のしょっぱさが混ざり合い、口内に赤裸々な性の味が広がってゆく。オレの口はあまり大きくないから、お前の太い指三本を咥えるだけで精いっぱいだ。お前だってそう知っているはずなのに、わざと口内で指を広げてくるものだから、段々と呼吸がままならなくなってゆく。赦しを乞おうと舌を絡めたところで、感覚を持たない肌にはなにも伝わらない。わかっているのに、そうせずにはいられない自分を心から愚かだと思う。そう、オレは愚かで、どうしようもなくおかしいのだ。あの日、〈あれ〉を目にした瞬間に、オレは、きっと——……。
「どうしたの、姉さん?脚をもじもじさせて。それ、取ってほしいの?」
口内を蹂躙される苦しさに喘ぎながら、それすらも快楽に変換するオレを見咎めて、お前は静かに問うてくる。指で粘膜を擦られるたび、下腹部に埋まったままの異物がゴリゴリとオレの中を抉り、その乱雑さにもどかしさが募ってゆく。それをさらりと指摘され、羞恥による興奮で膣内が意図せずぎゅっと締まり、割れ目から漏れ出た粘液が、ゆっくりと腿を伝ってゆく。
「嫌なら取ったら?手、届くでしょ?」
いやだ。それはいやだ。オレはお前に取ってほしい。お前の指でこれを引き抜いて欲しくて、司令部からわざわざ中に入れて歩いてきたのだ。オレの貧相で短い指なんかじゃなく、太く硬いお前の指で、一気に引き出してほしくて。
「ほら、自分で入れたんでしょう?ちゃんと自分で始末しなよ」
力なく体液を垂れ流す憐れなオレに向け、お前は容赦ない言葉を浴びせてくる。その残酷さにまた身体が震え、目に熱いものが込み上げる。姉である自分が、本来守るべき弟の前で醜態を晒している。その事実が、恥辱とともに言い知れぬ興奮を呼び起こす。
ベッドへ突いていた手のひらを持ち上げると、指先で自らの股を辿り、硬いものを咥え込む割れ目を探り当てる。震える指を入口へあてがい、肉壁と異物の隙間へゆっくりと滑り込ませてゆくと、その途端にお前はオレの喉奥へ突然指を挿し入れてくる。ごぼっ、と無様な声を漏らすオレに構いもせず、オレの口蓋垂を、舌の付け根を、容赦なく蹂躙する。
「姉さん、苦しい?でも姉さん、こうされるのがとっても好きだよね。この間もこうされて、あっけなくイッちゃったもんね」
逃げ場を失った唾液が鼻のほうへ遡り、鼻根の奥がつんっと痛む。目からは涙を、口からは涎を垂れ流し、ガクガクと腿を痙攣させるオレは、さぞ無様なのだろう。対してお前は、温度を持たない無機物の眼差しでオレを見て、指をさらに奥へと滑り込ませてゆく。
「こんなので悦ぶだなんて、姉さんは本当におかしいよ。もしも母さんが見たら、きっとショックで泣いてしまうね」
そしてお前は、またその名を声へ乗せる。いつもと同じ。オレを責める最後の段階になると、必ず口にするその名前。母さん。かあさん。オレたちの、神さま——……。
つい先日、革の手で尻を叩かれ悦びに震えるオレに向け、お前は言った。どうして姉さんは、こんな色狂いになってしまったの。母さんはあんなにも、心正しいひとだったのに。
ああ、そうだ。オレと違い、母さんは清らかなひとだった。二度と戻らぬ夫の帰りを健気に待ちながら、ふたりの子どもの善き母でありつづけた、女神のようなひとだった。
でも、アル——……。お前は知っているか?母さんがどうやって生計を立てていたのか。育ち盛りの子どもをふたりも抱えて、決して飢えさせることがなかったのは何故なのか。
だって、おかしいと思わないか?母さんは親父の残した金に、一切手をつけていなかった。畑で採れた野菜を売ると言ったって、ほんの小遣い稼ぎ程度のものだ。なのにオレたちは、母さんが金に困っているのを見たことがない。いつものんびりと家事をこなし、趣味程度の菜園を愛でているだけだった母さんが。
なあ、アル。オレは見たんだよ。あの日、丘の上にある地主の家の敷地に、オレがほんの出来心で忍び込んだ日。オレはただ大きな屋敷の中がどんな風になっているか見てみたくて、茂みの隙間をくぐり抜けて庭へ侵入したんだ。地主の屋敷と言ってもあんな田舎だから、警備なんてないに等しかった。豪奢な家具の置かれた部屋をひとつずつ外から覗いて回り、ひとつ、中から声がする部屋が気になって、背伸びしてカーテンの隙間を覗き込んだんだ。
なあ、アル。そこには、母さんが居たんだ。一糸まとわぬ姿で、地主の太った腕に抱かれる、母さんの姿があったんだ。
母さんは背後から伸びる手に胸を揉まれながら顔を振り向かせ、地主と舌を絡ませ合っていた。膝立ちになり、濃い栗色の毛に覆われた恥部から愛液を垂れ流し、地主と深くくちづけを交わしていたんだ。やがて地主が、でっぷりとした腕を母さんの脚の付け根へと伸ばし、そこを乱暴にこね回すと、母さんは全身を痙攣させながら、液体をぷしゃりと噴き出したんだ。もう大人で、いつもオレたちがオネショしたシーツを洗ってくれていた母さんが、人前で漏らしたんだよ。
オレにはそれが酷く恐ろしいことに思えて、目の前がくらりと揺れるのを感じた。それでも祟られたみたいに足が動かず、そのあともずっと、ふたりの様子を眺めていたんだ。母さんが地主に全身を舐められ、胸を吸われ、ベッドの上で四つん這いになって尻を叩かれ喘ぐ姿を、ずっと。
やがて地主は膨れ上がった己のものを母さんの顔の前に突き出した。そしたら——ああ、アル——母さんはその赤黒く醜悪なものを、ためらいもなく口に含んだんだ。いつもオレたちが眠るとき、おやすみなさい、と額にキスをくれた、あの唇で。
母さんは懸命にそれを舐めていたけれど、やがて痺れを切らした地主が母さんの頭を掴み、さらに深く自分のものを打ち付けた。母さんは苦しそうに目を瞑り、顔を真っ赤にしていたけれど、それでも嫌がる素振りは見せなかった。地主が奥を突くたびにオレたちを育て上げた豊かな乳房をゆらし、いつものやさしい声からは想像もできない蛙みたいな呻き声を漏らし、やがてまた、全身を震わせて股からなにかを噴き出したんだ。
その直後に地主も低い呻き声をあげ、母さんの頭部をきつく引き寄せると、それまで乱暴にゆすっていた身体を停止させた。そのときのオレにはそれが具体的になにを意味するのかはわからなかったけれど、男は母さんの口内へなにかを注ぎ込んでいるように見えた。母さんは喉を鳴らしてそれを飲み干し、やがて男の腕から頭部を解放されると、飲み切れなかったものを口からこぼした。ゆっくりと糸を引く、白く濁った粘液を。
そこまで見終えて、急に震えが止まらなくなり、オレは逃げ出したんだ。先ほど潜り抜けた茂みの隙間へと一目散に駆け込み、丘を懸命に下ると、その先にある林で急に腰が抜けて、地べたへ頭から倒れ込んだ。オレはさ、アル、そこでそのまま漏らしたんだ。恐ろしくて恐ろしくて仕方がなくて、全身の震えが止まらなくて、もう八つほどになっていたのに、ズボンを履いたまま漏らしたんだ。
だって、アル。母さんは、笑ったんだ。地主の汚いものを口に含まされ、太った腹へ顔を押し付けられて、口の中になにかを出されたにもかかわらず、母さんはそのあと、地主を見上げてほほえんだんだ。
ああ、アル。あれは決して、機嫌を取るための笑みなんかじゃなかったよ。母さんの頬は薔薇色に火照り、瞳は妖しくきらめいていた。母さんはきっと、嬉しかったんだ。愛する夫に捨てられ、まだ若く美しい自分を、宛てのない肉欲を持て余していた母さんは、誰かに激しく求められて、嬉しかったんだ。母さんは金のためだけじゃなく、自尊心を保つために、あんなことをしていたんだ。
「姉さん、ほら、気持ちいい?」
穏やかな声色とは裏腹に、喉の奥を乱暴に抉りながらお前は問う。苦しくて仕方がないのに腹の底から快楽がせり上がり、外気にさらされたままの胸先が切なく疼いて仕方がなかった。それを察したように、お前は空いているほうの手でオレの胸の膨らみを持ち上げると、容赦なく握り潰した。新たな痛みに身体が悦び、脳がチカチカと点滅する。
「ほら、ちゃんと指、動かして。ね?」
快楽に呑まれ、命じられたことをおざなりにしているオレを見咎めて、お前はどこまでもやさしい声で言う。怒られたのすら嬉しくて、指を割れ目の更に奥へ潜り込ませても、酷く震えて力が入らず、クリスタルを掻き出せない。オレはまるでお前の指にぶら下がる獣のようだ。ひとりで居るところを銃で撃たれ、戦利品として持ち帰られる獲物のようだ。これからオレはお前に食われるのだろうか。それとも、剥製にして部屋に飾られるのだろうか。どうにでも好きにしたらいい。オレはお前のものなのだから。姉であるオレは、髪の毛の一本一本まで、すべて弟であるお前のものなのだから。
「ねえ、姉さん。母さんはいつもやさしかったよね。どんなときでも穏やかで、聖母さまみたいだったよね」
お前はまた、母さんのことを口にする。オレの喉奥を破らんばかりに擦りながら、やさしい思い出話を口にする。
「ボクたちは、母さんが大好きだったよね。やさしくて、綺麗な母さんが」
ねえ、姉さん。確かめるようにそう言って、お前は首をかしげてみせる。決して変わるはずのない空洞の双眸が、わずかに細められたような幻覚を抱き、オレもまた涙に濡れた目を閉じる。
なあ、アル。
暗闇の中、身体に与えられる刺激に意識を研ぎ済まし、胸の中で語りかける。なあアル。お前は、お前も、ほんとうは知っていたんじゃないのか。母さんがどうやって生計を立てていたのか。すこし出かけてくるわと言い残して、しょっちゅうどこかへ出かけていた母さんが、本当はどこでなにをしていたのか。
いつだって、雛鳥のようにオレの後をついて回っていたお前だ。あの日だって、ひとりで出かけたオレの後について、あの屋敷へ辿り着いたんじゃないのか。そしてオレを驚かせようと背後から忍び寄ったとき、お前もまた、あの部屋で行われていたことを——……。
「ねえ姉さん。母さんに会いたいね。いつかまた、母さんに会いたいね」
お前もほんとうは、すべて知っていたんじゃないのか。
「ボクたち、いつだって母さんが大好きだったものね」
なあ、アル。ほんとうは、お前も——……。
ふいに喉奥のある一点を抉られ、全身を電流にも似た快楽が貫いた。身体が瘧にかかったかのごとく激しく痙攣し、それとともに陰核から、ぷしゃりと体液が噴出する。それはオレの内腿を濡らし、もどかしい痒みが、ゆっくりと伝い落ちてゆく。
決して達する術を持たないお前は、オレの絶頂を合図とし、喉からずるりと指を引き抜く。胸を掴んでいた指先も解くと、オレの身体がベッドへ落ちる様子を言葉もなく見下ろす。
やがて、唾液で濡れそぼった手をオレの頭に置くと、先ほどとは打って変わり、労わりのこもった手つきで頭をなでてくれる。ゆっくり、ゆっくりと、頭の形を確かめるみたいに、まるでオレたちを寝かしつけるときの、母さんがしてくれていたみたいに。
「姉さん。ほら、脚。ひらいて?」
やさしい声でそう促して、お前はオレの腹へ手を這わせる。絶頂後の弛緩しきった身体になんとか力を込め、腿の隙間をわずかに開くと、お前はオレの中に埋まったままのものに指をかけ、ずるりと一気に引きずり出す。
「こんなもの、もう入れちゃダメだよ?身体がおかしくなって、赤ちゃんが産めなくなっちゃうよ」
ね、わかるよね、とお前はオレをやさしく諭す。下腹部を占領していた異物を取り除かれ、突然生まれた空洞に意識を研ぎ済ませると、思う。まだひりひりと痛む膣内に、いつかお前が本物の肉を突き立ててくれる日はくるのだろうか。いつか身体を取り戻し、オレたちが真に結ばれる日はくるのだろうか。
あの日、母さんを取り戻そうとしたオレたちは、取り返しのつかない咎を負った。周囲はオレたちを戒めながらも、もう一度母親に会いたかった子どもの、無垢さゆえの行いとオレたちを赦した。
けれど、オレたちが取り戻したかったのは、ほんとうにあの母さんだったのだろうか。オレたちが取り戻したかったのは、まだ穢れをまとう前の、綺麗な母さんという偶像だったんじゃないのか。ああ、もしもオレたちが心に同じ障碍を有しているなら、オレたちが背負うほんとうの罪は禁忌を犯したことではなく、愛していたはずの母さんを否定したことにあるのではないだろうか。自分たちに惜しみない愛情を注ぎ、ひとりで育て上げてくれた母さんの、そのありのままの人間としての姿を、拒否したことにあるのではないだろうか。
果たしてオレたちが愛していたのは、母さん自身だったのか。それとも、〈母さん〉という偶像だったのか。なあ、お前は一体どちらだと思う。オレたちがあれほどの罪を犯して取り戻したかったものは、肉体としての母さんだったのか、ただ都合のいい思い出だったのか——……。
「疲れたでしょう?すこし眠るといいよ。ボクがそばに居てあげるから」
なあ、アル。お前は一体、どう思う。
重くのしかかる倦怠感の中で目を閉じれば、お前になでられる感覚だけが意識を満たす。やさしい弟。オレの愛しい、世界でただひとつ綺麗なもの。
なあアル。オレはただ、お前の記憶に住まう母さんが、いつまでも綺麗なままであればと願う。
オレの浅ましさも、変態性も、その根源ですら、すべて知る唯一の可能性であるお前。たとえすべてを知っていたとしても、お前の中の〈神さま〉を損じさせる可能性があることを、オレは口にすることができない。
だからオレは、お前の〈母さん〉を守るためなら、どんな嘘でもつこうと決めている。たとえ母さんの後ろ暗い秘密を知っていたとしても、オレはお前にその事実を明かさない。
だって、オレはお前を愛しているのだから。この世で唯一、ありのままのオレを愛してくれる存在であり、また、オレがひとつのためらいもなく崇められる存在。どこまでも穢れを知らない、オレの愛しい、〈神さま〉。
「おやすみなさい、姉さん。いい夢を」
だから、言わない。
ほんとうのことは、決してお前に——誰にも、言わない。