2026年01月23日 うりくらげ様
今回もまたお読みくださいましてありがとうございました。光栄に思います。
また、モチーフや対比などの仕掛けを汲み取っていただけて、書き手冥利に尽きます。
私の中に、未成年に気軽に手を出すロイ・マスタングというものが存在しないためこのようになり、「ロイエドがお好きな方は気に入らないだろうな」と思っていたので、そのように大佐を褒めていただけて正直驚いています。
また、「かっこよくて自分を甘やかしてくれる大人の大佐を好きになってしまう思春期の女の子の姉さん」というのは、ずっと書きたいモチーフでもありました。
彼女はギリギリのところで立っているので、周りにああいうかっこよくて自分を気にかけてくれる男性がいたら、きっと好きになってしまうと思うのです。
でもエドワード姉さんにはやはり不幸が似合うので、結ばれないでほしいなと。
すこし、『メリッサ』の歌詞も意識してみました。愛に焦がれた胸を貫かれる子ども、が今回のテーマです。
「裸に赤いコートだけを羽織る女の子。身体は白く美しいのに、可哀想になるほどに痩せていて、厳めしい機械の手足がついている」、そんなエドワード姉さんが、昔からずっと好きです。
美しい少女には違いないけれど、闇を纏っている。けれどだからこそ魅せられてしまう。そんな彼女の歪さ、痛々しさ、それゆえの美しさを、永遠のロマンのように感じています。
私が2003年から2006年くらいまでに見ていた二次創作には、そんな姉さんがたくさん居たように思います。私はずっと、「彼女」のことが忘れられません。
「触れられた熱さが消えないのは、触れた方の思いが残っているから」と、そこまで感じていただけて光栄です。
もしこの話がシャンバラに続いたら、引きずるのは「振られた」ほうの姉さんではなく、「愛しているのに自ら手放した」大佐のほうだろうなと思います。
けれど、ふたりのその後のことは読まれた方のご想像に委ねます。このあとお互いの気持ちを確かめ合って結ばれるふたりや、完全に離別してしまうふたりなど、読んでくださった皆様の頭の中にそれぞれの結末があれば嬉しく思います。
ロイエドを専門としている方に楽しんでいただけたなら、それ以上に嬉しいことはありません。
幸せな話ではないので、怒られるのではとヒヤヒヤしながら書いていましたが、そのように言っていただけて、書いてよかったなと胸を撫でおろしています。
いつも勿体ないお言葉をありがとうございます。
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