***

 初めて訪れたミュンヘンはすべてが壮大で、田舎から出てきた僕はすっかり圧倒されていた。十五年ほど前に建ったという新市庁舎は見事だったし、広場に開かれた市場には見たことのない数の人がひしめいていた。
 先に着いた研究仲間の伝手で下宿を借り、花屋を営むその大家さんがやさしそうな人であったことから、僕はやっと安心して一息つくことができた。しかし荷解きもそこそこに、手帳へ大切に挟んだ紙切れを手に取ると、再び外へと繰り出した。
 通りの名前をまるで知らないせいで随分と時間がかかったが、なんとか紙に書かれた住所へ辿り着くと、そこに建つアパートの中へ入った。鉄製の柵が付いた古めかしい螺旋階段を使い、地階から一階へとのぼっていき、二階に辿り着いたときはすでに鼓動が速くなっていたが、それは階段を上ったせいだけではなかった。
 汗が滲み始めた手を握りしめ、意を決して扉を叩く。——反応は、ない。聞こえなかったという可能性も考えもう一度扉を叩こうとしたとき、下階から誰かが上がってくる足音がした。
「なんだね、お兄さん。その部屋に用かね。新しい入居者かい?」
 いかにも用務員といった風の老人は、僕を見るなりそう言った。
「入居者って……。この部屋には人が住んでるはずでは?」
「ああ、住んどったけどねえ、一年くらい前に越していったかな。今は空いとるよ」
 愕然とする僕にも気付かず、老人は床にバケツを置きながら続ける。
「英国から来た男と、その娘さんが一時期住んどったけどね、娘さんの姿がとんと見えなくなってからしばらくして、父親も越していった」
「その、えっと、娘、というのは、一体どういう……!?」
「ああ。金色の髪をした綺麗な子じゃったけどね。かわいそうに、手脚が悪くて杖をついとった」
 手に持った紙切れを見つめながら唇を噛む。一年くらい前ということは、まだトランシルヴァニアにいるときだ。あのひとがトランシルヴァニアに来てしばらくして、父親も別の場所に引っ越した。研究所を出るすこし前、父親から届いたという手紙を確かに読んでいたから、あのひとがそのことを知らなかったはずはない。
 あのひとはわざと、古い住所を僕に渡したのだ。
 もう二度と、僕に会うつもりはなかったから。

 それでもミュンヘンにいるのならばそのうちどこかで会えるのではないかと、外を歩くときはいつでも目を見張っていたが、それらしい姿を見つけることはできなかった。久しぶりに集った研究仲間たちに尋ねても、「お前が知らないのに俺たちが知るわけないだろ」と困った顔をされた。
 あのひとがもう会わないと決めたのに、未練がましく追いかけるべきじゃない。
 頭ではそうわかっているのに、心の中ではあのひとへの想いが燃え上がるばかりで、僕はただ焦燥に駆られていた。本来なら、仲間が航空機のエンジンを作っている工場を見つけて、そこで働くことを条件にロケットの研究をするという許可を取り付けてくれたことを感謝し、仕事に集中すべきだとわかっていた。しかしミュンヘンという地名を聞いたときに僕の心を占めたのは、研究ができる喜びよりもあのひとにまた会えるかもしれないという期待だった。僕は愚かだった。両親には「ロケットで宇宙に行くのだ」と言って家を飛び出してきたのに、実際に考えていたのはあのひとのことばかりだった。

 八月のミュンヘンは雨が多く、空気中に黴が浮遊しているのか、頻繁に咳が出てかなわなかった。もともと幼いころから喘息があったが、ここのところ気管支の状態が悪化している気がした。きっと、空気の質もあまりよくないのだろう。
 その日も夕方から雨が降り出して、なかなか止んではくれなかった。湿気のせいか開発中のエンジンにも不具合が起きて散々対応に追われ、仕事場を出たときにはすでに零時近くなっていた。酷くお腹が空いていて、家になにか食べる物があっただろうかと思いながら歩いていたとき、すれ違った人の姿に足が止まった。
「え……」
 あれはいかにも酔っぱらいといった風の、柄の悪い男だった。今のドイツにごまんといる、人生を諦め刹那的に生きる者たち。しかし、その腕に抱かれていたのは、あれは——……。
「エドワードさん!?」
 僕の大声を聞き、キャスケット帽を被ったその男はいかにも煩わしそうに振り返る。喧嘩でも売られたと思ったらしく、「なんだてめぇ」と睨み付けてくるその男の腕の中で、見覚えのある金色の瞳が僕を捉え、大きく見開かれる。
「エドワードさん!やった、やっと会えた……!」
「おい兄ちゃん、邪魔すんなよ!コイツは今日、俺が買ったんだ」
 手を伸ばし近づいた僕に向け、男は声を荒げた。買った、という言葉にすぐ思考が追い付かず、言葉を詰まらせている僕を見て、そのひとは絶望で魂が抜け落ちたような顔を地面へ落とす。
「買った、って……あなた、一体……」
「ガキじゃあるめぇし、わかんだろ。これからコイツといいことすんだよ」
 わかったら失せな、と言い、男は再び前を向いて歩き出す。肩を抱かれたそのひとはすこしも抗うことなく、人形のように連れていかれる。
 去りゆく背中を眺めながら、頭が急速に凍り付いていくような感覚を覚えていた。どんな事態が起こっているかを理解しているはずなのに、怒りがまったく湧いてこない。

——それでも、自分が今なにをすべきなのかだけは、はっきりとわかっていた。

 持っていた傘を投げ捨て、灰色のジャケットに包まれた背中めがけて飛びかかると、そのまま肩を掴んで地面へと引き倒した。仰向けに倒れた身体に馬乗りになると、男は抵抗しもがいたが、その身体を押さえつけて頬に右拳を振り下ろした。一度、二度、三度と力の限り殴りつけると、男の口から血濡れた歯がいくつか飛んだ。
 視線を上げると、同じく地面へ倒れたそのひとが僕に背を向けた状態でうずくまっていた。ほどいたままの髪もコートもすっかり濡れて、ポケットからは札束が覗いている。
 男の上から降り、小さな身体を抱き起すと、そのひとは肩越しに僕を見た。まるでこの世のすべてを諦めたような、生気のない瞳で。
「行きましょう」
 冷たく感情を持たない声が、自分のものではないようだった。目の前にいるのはあれだけ焦がれてやまなかったひとのはずなのに、僕は乱暴にその身体を引き上げると、左肘をひっつかみ雨に濡れた道を歩き出した。

 アパートに着くまでの間、そのひとは何度も転びかけた。先ほど地面にうずくまっていたとき足首がおかしな方向に曲がっているのが見えたからそのせいだろうと思ったが、止まってあげなければとか、速度をゆるめてあげなければなどとは思わず、僕はむしろどんどん早足になっていった。後ろでそのひとが、腕を引かれる痛みと足が石畳に引っかかる反動で、時折苦しそうなうめき声を上げているのは聞こえていたが、振り返って様子を確認しようとも思わなかった。
 アパートの入口の鍵を開け、掴んだ身体を引きずるようにして階段を上がる。そういえば大家のグレイシアさんは数日泊まりでどこかへ行くと言っていたなと、冷静に考え事をしている自分が不思議だった。地階から一階へ上がり、今度は自分の部屋の鍵を開けると、開いた扉の向こうへそのひとの身体を力任せに放り入れた。
「……なにをしていたんですか」
 後ろ手で扉を閉めながら尋ねると、右腕を支えに上半身だけを起こしたそのひとが、びくりと身を震わせた。
「一体なにをしていたのか、と訊いてるんです」
 そのひとは答えない。濡れた髪の貼りついた顔を床に落とし、押し黙っている。
 服装も、シャツとスラックスの上にコートを羽織っただけで、以前のようにベストを着用するどころか、シャツの裾も外に出たままになっている。すでに誰かに身体を乱されたあとなのだろうか。そう考えた途端、先ほどまでは異常なほどに冷静だった頭に烈火のような怒りが弾ける。
 衝動的に胸ぐらを掴むと、ふたつの瞳が僕を見上げた。——光の消えた、空っぽの瞳。かつてなによりもまぶしい光を灯していた金色の星々は、死に絶えてしまったように輝きを失い、濁りだけを湛えている。僕の心をとらえて離さなかったのは、こんなものじゃなかった。まるで信じていた神を失ったような絶望に呑まれ、視界に涙が滲んでゆく。
「あなたは……愚かだ」
 絞り出した声が震えて、言葉にするのがやっとだった。それなのに金色の瞳は、空虚を宿したまま僕を見上げ続ける。
「その才能に、存在に、人がどれだけ焦がれて止まないかを知りもしないで……そうやって自分を粗末にする」
 あなたは知らない。自分にどれだけ価値があるのか。その頭脳、その美しさに、僕がどれだけ囚われて、そして——……。
「僕がどれだけあなたを愛しているかを知りもしないで、自分勝手に不幸になろうとする!」
 声の限りに想いを叫ぶと、濁り切ったはずの瞳にほんのかすかなゆらぎが生じた。
 金色の湖面に波紋を広げるように、それは涙となってこぼれ落ち、白い頬をすべってゆく。
 その姿がたまらなくて、僕は夢中でそのひとの唇へと貪りついた。ずっと焦がれ求めていたそれは憐れなほどにひび割れていて、それが却ってこの胸の想いを増幅させる。
 衝動的に舌をねじ込み、狭い口内を舐め上げれば、そのひとは切なげに鼻を鳴らす。これまで聞いたことのない甘い音に身体の芯が熱くなると同時に、もしや今までこんな声を見知らぬ男たちに聞かせてきたのだろうかと思うと、頭がどうにかなりそうなほどの怒りを覚えた。
 唇を解放し、持ち上げていた身体を床に落とすと、覆いかぶさるようにして今度は濡れた髪が貼りつく首筋に吸い付いた。そのひとは引きつるような声を上げ、左手で僕の腕を掴む。やめろと言われたってやめてやるつもりのない僕は、雨に濡れた冷たい皮膚の感触を唇で味わいながら、そのひとのまとうシャツのボタンへ指を掛ける。
「アル、フォンス……やめ……」
 口ではそう言いながらも、ただ僕の右腕を握りしめるばかりで一向に抗おうとしない。それをいいことに、僕はほとんど引きちぎるようにしてシャツのボタンを外し終えると、その下の肌着を一気にまくりあげた。
 そこに現れたものを目にした途端、僕の前身は金縛りにあったように動かなくなった。
 義手を固定するため身体に巻き付けられた太いベルト。それに押し上げられるようにして、ふたつの膨らみがそこにあった。それほど大きさはなくとも、男にはあるはずのないそれを見て、僕の心に記憶の波が押し寄せる。そうだ、僕はわかっていたはずだ。男にしては小柄すぎる体格も、なめらかすぎる肌も、月に一度は体調を崩して寝込んでいたことすら。ちゃんと気付いていたはずなのに、そこに意識を向ければもっと欲しくなってしまうからと、無意識に目を背けてきた可能性。それを今、揺るぎようのない事実として目の当たりにし、身を穿つような欲望が噴きあがる。
 左側の膨らみを鷲掴み、そのやわらかさに眩暈を覚えながら、もう片方でぴんと張りつめる桃色にしゃぶりつく。硬くなった粒を舌で転がすと、そのひとは甘い悲鳴を上げる。
「やぁ……っ!やだぁ……ん……アル……フォンス……っ」
 じとりとぬめるような声で名前を呼ばれ、理性がとけてゆく。もっと欲しい。このひとのすべてを味わいたい。そんな思いで胸下のベルトへ手を掛けると、そのひとは初めて本気で僕を制止しようと身を起こす。それを乱暴に床へ押し返してもう一度ベルトに手を掛けると、留め金を外しバックルから革を抜き取った。その途端、ゴトリと鈍い音を立てて服にくるまれたままの右腕が床に落ち、肩を覆っていた白いパネルが外れ、その下にあるものを露わにする。
「……あ」
 そこに現れたのは、禍々しい鈍色を放つ金属の接続部だった。見たことがないほど精密に作られたそれは、そのひとの柔肌に食らいつくようにして肩を覆い、身体に直接ねじこまれた太いボルトで固定されている。その周辺の肌はケロイド状と化し、痛々しいピンク色をまとっている。
「……醜い、だろ……こんな身体」
 呼吸も忘れて見入る僕に向け、そのひとはつぶやいた。はっとして視線を向けると、涙に濡れた金色の瞳もまた、こちらを見つめていた。
「欠損して、それを機械で補って……。傷は一生治らないし、胸だって……左右で大きさが違って……」
 言われてみれば確かに、右胸のほうが左よりわずかに小さいようだった。きっと肩に食い込んだこの機械がそれだけ大きな負担になっているのだろう。そこらの女性よりも小さなこのひとの身体にこんなものが接続されているなどと、一体誰が想像するだろうか。
「これは、罰だから……オレが犯した罪の証、だから……。こんな身体、醜いと思われて当然で、だから……」
 その言葉に、僕が身体に幻滅して手を止めたのだと思い込んでいることを悟った。勝手な思い込みに腹が立ち、焼け爛れたようになっている肌にくちづけ舌を這わすと、そのひとは先ほどとは比にならないほどの悲鳴を上げる。
 痛むのだろうかと思ったが、それにしては声に含まれる色艶が濃すぎる。きっと、ここがこのひとの性感帯なのだろう。そうだとわかるともっと強く攻め立ててやりたくて、金属と肌の境目になっているところに舌をねじいれるようにして押し付けると、そのひとは許しを乞うような泣き声を上げる。
「やだぁっ……!そこ、もう……やぁ……アルフォンス……アルフォンスっ!」
 身体の芯が熱くてかなわない。上から下へと境目を舌でなぞりながら左胸を揉みしだけば、そのひとはまるで命乞いをするような泣き声を上げる。いつも強がりばかりのひとが赤子のように泣きじゃくっている姿に煽られ、もっと乱してしまいたいと、心が今まで感じたことのない凶暴性を帯びてゆく。
 左胸から手を滑らせ、浮き上がった鋤骨から腹へと動かし、スラックスの前留めを外す。開いた場所から恥骨へ向けて手を差し入れると、指先がぐずぐずとぬめりを帯びた場所へ到達する。そこへ指をうずめて中を探れば、そのひとは「ひっ」と怯えるような声を上げ、逃げようとするかのように身体をよじった。苦しそうに顔を歪めて必死に頭を振り乱す姿を見てハッとする。
——こんなのは、いけない。
 これではまるで強姦だ。今までも想像や夢の中でこのひとを犯して自らを慰めたことは何度もある。しかしこれは幻じゃない。同意を得てもいない状況で、こんな行為に及ぶのは間違っている。頭の中へ必死に理性を呼び戻し、欲望を追いやるために長い息を吐く。とっくの昔に張りつめた自分のものが激しい痛みを訴えているのを自覚しながら、それでも一思いに指を引き抜こうとした。
「やだ……っ」
 しかしそのとき、そのひとの左腕が制止するように僕の腕を掴んだ。
「アルフォンス……いやだ……」

 行かないで。

 そう唇が動くと同時に、目尻からこめかみへ向けて涙が落ちる。とっぷりと煮詰めたシロップのような瞳と、火照った頬の艶めかしさを目の当たりにし、頭の中でブツリと理性が切れる音がした。
 再び指を差し入れ、今度はもっと深くまでうずめてしまう。たまらないというように上がった嬌声を抑え込むように唇を重ねると、今度は向こうから舌を絡ませてくる。小さな舌が懸命に僕の舌を絡めとろうとし、溢れた唾液が口の端から漏れてゆく。
 この行為自体は初めてだったが、要領はわかっているつもりだった。だからこそ、これから自分がこのひとに対してなにをするのかを考えると、体中の血管がはちきれてしまうようだった。——スラックスが邪魔だ。そう思いそのひとのスラックスと下着に手を掛けると、そのひとは自ら腰を浮かせた。その助けを借りてふたつを同時に引きずり下ろすと、ほとんど毛も生えていないつるりとした恥丘と、白く細い太もも、そして左脚にも存在する接続部が露わになった。抜き取ったスラックスと下着を投げ捨て左脚を持ち上げると、皮膚の薄くなった部分へ軽く歯を立てる。
「やっん……やめ……っ!——……っんぁ!」
 僕の行為を予期していなかったらしく、一瞬焦ったように僕を呼んだそのひとは、与えられた快感をまともに受け、身体をビクビクと痙攣させた。どうやら絶頂に達してしまったらしい。自分でもわけがわからないのか、荒い呼吸を繰り返しながら怯えたように眉根を寄せ、ひっきりなしに涙をこぼしている。——僕ももう限界だった。自らのベルトに手を掛けると、留め金に焦れながらも一気に引き抜きズボンの前へ手を掛ける。僕がなにをしようとしているのかに気付いたそのひとがゴクリと喉を鳴らすのに気付きながら、中から猛ったものを取り出した。
「……ぁ」
 僕が取り出したものを見て、そのひとは顔を引きつらせる。それでももう、やめてやれるはずがない。先ほどほぐした場所へ先端をあてがうと、そのひとの骨ばった腰を両側から掴み、自らのものを中へうずめてゆく。
「あ、い……ッ!い……、たぁ……っ!アル……フォンスッ」
——酷く狭い。まるでそこを押し開かれるのは初めてだというように、肉壁は僕のものを拒み押し出そうとしてくる。身体を売っていたというのに、こんなことがあるのだろうか。負けじと圧を押し返し、掴んだ腰を引き寄せて奥へ侵入すると、そのひとは身体を仰け反らせ、声にならない悲鳴を上げる。
「エド、ワード……さん……あなた……」
 聞こえているのかもわからないまま問いかける。先ほどからの反応からも、こんな行為に慣れているとは到底思えない。このひとは、本当に……。
「あなた……身体を売ってたって……ほんとに……?」
 沈黙の中、どちらのものともわからない荒い吐息と、粘膜の擦れ合う淫猥な音が耳に届く。答えを促すためさらに腰を打ち付ければ、そのひとは引きつった声を上げ、慈悲を乞うように左手で僕の腕を掴む。
「はじ、めて……っ!これが……っおまえが、はじめてだから……だからぁ……ッ!」
 だからこのままでは死んでしまうのだと言わんばかりに首を振り、はくはくと唇を震わせる。発せられた言葉の意味を理解した途端、喉の奥から熱いものがせりあがってくるのを感じた。
「アル……フォンス……?」
 突然涙をこぼし始めた僕を見て、そのひとは困惑したように僕を呼んだ。自分がどうして泣いているのかはわかっていた。このひとが危険なことはしていなかったのだという安堵。一歩間違えればあの男がこのひとの純潔を踏みにじっていたのだという事実への恐怖と怒り。そして——このひとが初めての相手に、僕を選んでくれたということへの、喜び。
「エドワード、さん……」
 頬にふれると、雨ですっかり冷えた肌が僕の手へと吸い付いた。熱を分けてあげたくて、もう片方の手も頬へ当てると、小さな顔を両手で包み込みながら、額を合わせた。
「あなたが、好きだった……ずっと……」
 きっと、初めて駅であなたの姿を目にした、あの瞬間から。
 僕はずっと、あなたに心を囚われて、焦がれて、苦しくて仕方がなくて。あなたが僕を現実のものとして見ていないのだとわかっても、それでも……。
「あなたを愛してる……僕が、世界中の誰よりも、絶対に、あなたを……愛してる……!」
 僕の言葉を聞くと、そのひとは瞳を一度大きく見開き、それからくしゃりと顔を歪めた。
 まるで子供のようにふたりで泣きながら、何度もなんども唇を求め合う。そのまま腰を動かしもう一度中を探り始めると、そのひとは鼻から甘い声を出し、左腕だけで僕の腕に縋り付く。結合が段々と深くなり、やがて最奥と思われる場所へ辿り着くと、先ほどまで僕を拒むばかりだった肉壁が、今度は吸い付くようにして僕のものを締め上げ、あらん限りの力で欲を絞り取ろうとしてきた。——このままじゃ、いけない。最後にもう一度、押し返すようにして腰を突き上げ、そのひとの身体が再び痙攣するのを感じると同時に、中から自分のものを引きずり出して、愛しいひとの腹へと欲をぶちまけた。

 はあ、はあ、と、ふたりぶんの吐息が混ざり合い、体温も汗もとけあって、まるでひとつの獣になったようだった。覆いかぶさった身体を上から抱きしめ、ゆっくりと目を閉じる。
「……アルフォンス」
 散々泣いてかすれた声で僕を呼び、背中に回した腕をきゅっと締め付けてくる。大切に抱きしめた小さな身体から、どく、どく、と、命が脈打つ音がする。
「オレも……お前を……」
 あいしてる。
 そう言って頬を寄せられたとき、深い実感がわきあがり、胸を満たした。

 ああ僕は、欲しかったものをやっと、手に入れたのだ。


続く