町の人々に、姉のことは話しませんでした。
ボクは錬金術による修繕で身を立てるようになり、そのために日中は外出することが多かったものですから、いくら意思疎通ができないとはいえ、年頃の少女である姉を家にひとり置いてきていることを、誰にも知られたくなかったのです。
そんな心配を呼び起こすほど、姉は十二歳を迎えたころから、だんだんと女性らしさを増していました。
短かった髪が肩甲骨を超えるほどに伸びたこと、そして身体が全体的に丸みを帯び、胸も膨らみ始めたことが、その大きな要因だったのでしょう。自分で着替えも入浴もできない姉の世話をするためには裸を見ないわけにいきませんから、性別が違うとはいえ、ボクは姉の身体のことをよく見知っていました。もともと小柄な上に手脚を一本ずつ欠いた姉は、町で見かける同じ年ごろの少女たちとは大きく違っていましたが、だからこそ身体の一部だけが女性に近づいてゆく様子は、歪であるがゆえに言葉で言い表せない妖しさをまとっていました。
しかも、精神は変わらず壊れたままですから、見た目と中身がどんどん乖離してゆくのです。透き通るように美しい金色の瞳から涙をこぼし、熟れ始めた身体をよじってぐずる姉の姿は、倒錯的な芸術家がこしらえた機械人形のようでありながら、酷く痛ましくもありました。
ボクはそんな姉をときに押さえつけ、ときに縛りました。一晩中、姉さん、姉さん、と呼びながら腕の中に抱きしめ、姉が昔のように、アル、と名を呼んでくれることを祈り続けた夜もありました。
精神が破綻するというのは、決して精神や心という体内器官に亀裂が入るような状態ではありません。過度なショックやストレスにより脳へ負担がかかり、前頭前野が上手く機能しなくなることで起こる症状だと言われています。
前術のとおり、手脚をもがれた痛みやできそこないの母を目にしたショック、そして弟を鎧の姿に変えた恐怖から、姉の脳はダメージを受け、正常な状態ではなくなってしまいました。
対して、ボクには脳味噌がありません。この身体は身体的疲労を感じることもないため、日中は外で修繕作業をし、家に帰って夜通し姉の面倒を見たところで、なにか具体的な不都合が起こるわけではありません。
そう、ボクは狂えなかったのです。この身体では、狂うことさえ許されなかった、と言うべきでしょうか。心が擦り切れてゆくような感覚をぼんやりと覚えながらも、姉と同じ場所に行くことはできなかったのです。
姉の世話をすることにつらさはありませんでした。ボクは姉を心から愛していましたから、あのひとに尽くすことに苦痛など覚えるはずがありません。
ボクはただ、さびしかったのです。以前は目線だけで通じ合い、錬金術について夜通し語り合っていた姉と、意志疎通すらできなくなってしまったことが。
あのひとはボクの姉であり、もうひとりの母でもあり、いわば全世界でした。ボクは世界を失い、かつてあれほど敬い愛したひとの抜け殻とともに、出口のない暗闇をさ迷っていたのです。
そんな日々に変化が訪れたのは、ボクたちがこの家に住み始めて一年ほどが経過したころでした。そのころ、姉は十三歳、そしてボクは十二歳になっていました。
ある日、仕事を終えて村から帰ってくると、姉が妙にぐったりしていることに気が付きました。熱でもあるのだろうかと額に手を当ててみたところで、感覚のないボクにその温度はわかりません。しかし顔は火照っているというより青ざめていて、眼をぎゅっと瞑っている様子からも、発熱しているというよりは痛みに耐えているように見えました。なにか重篤な内臓疾患だろうかと不安になり、お医者様のところへ連れて行こうと思って掛布をめくったとき、ボクの目に飛び込んできたのは、ラベンダー色のネグリジェの下腹部に広がる赤い染みでした。
母を錬成しようとしたときに人体について学びましたから、ボクは姉に初潮が来たのだとすぐさま理解しました。しかしその対処法までは知らず、どうしたものかと逡巡し、ひとまず汚れた服と下着を取り換えようと思い立ちました。ボクがネグリジェを脱がそうと裾を引き上げても、姉はいつものように抵抗したりせず、弱々しい瞳でボクを見ていました。よほど苦しいのだろうと思いながら、布を頭や腕から引き抜いたき、姉がくんっと鼻を鳴らしました。
見ると、金色の瞳には涙の膜が張り、白い部分が心なしか赤らんで見えました。目だけではありません。不安気に震える胸に起ちあがる桃色の先端も、いつも以上に鮮やかに色づき、熟して見えたのです。
ボクに肉欲は覚えられないはずなのに、そのとき鎧の中で、なにかがドクリと脈打つのを、確かに感じました。
筋肉や神経を持たない手が震えるのを不可思議に思いつつ、ボクは姉の下着を引きずりおろしました。股に当たる部分はすでに鮮血で染まり、粘着質なそれは、下着と肌の間に赤い線を引きました。発育不良の姉の秘部には毛の一本も生えておらず、つるりとしていました。しかしその下の割れ目からは、禍々しいほどに赤黒い血が溢れ、白い腿を汚していました。
そのときボクの心にあったのが、どういう感情だったか、あなたにはわかるでしょうか。異性の身体への興味、姉が自分を置いて成長していくことへの悲しみ――真っ当に考えるならそんなところでしょう。
けれど、そうではなかったです。隙間なく閉じたヒダの間から漏れ出る、ねっとりとした赤黒いもの。それを見て、ボクは思い出したのです。あの日、ボクの身体を深淵へと引きずり込んだ、あの門を。
母を蘇らせようとした日、術を発動させたボクたちの前には、門がありました。それが何なのか、ボクにはうまく説明できません。錬金術師ひとりひとりが内に持っているものであり、この世のすべてを司るもの、とでも言うのが、いちばん近いように思います。
ボクの身体はあの門から伸びてきた無数の手によって、内へと引きずり込まれました。そこでボクが見たもの。この世のすべて。この世の理。そして、自分たちが犯した罪が一体なんだったのか。自分たちが、どれだけ傲慢で浅はかだったのか。
――その結果、自分がこれからなにを失うのか。
気付けばボクは、姉の秘部を指でなぞり、そのヒダを押し開いていました。性的な欲求によるものではなく、もういちどこの世の真理にふれたいと、その一心だったように思います。暗く深い洞へ人差し指を押し込むと、血でぬめっているからか、それは抵抗なく奥へすべり込みました。同時に姉が、ヒッ、と短い悲鳴を上げ、細い腰を浮かせました。痛がっているように見えましたが、ボクはとり憑かれたような思いで今度は中指を挿し入れると、その二本で中を探りました。
姉は、あっ、あっ、とどこか艶を含んだ声を上げ、身をよじらせました。いつものようにボクから逃れようとするのではなく、身体に這い上がる異質な感覚をどこかへ追いやろうとしているかのようでした。構わず指を動かし、硬くなったところをほぐすようにして埋めてゆくと、姉はついに瞳から涙をこぼし、唯一残った左手で顔の横のシーツをきつく握りしめました。
そして、言いました。
苦し気に、それでもボクが決して聞き間違うことのない声で。
アル、と――ボクの名前を、呼びました。
驚きの余り手を止めると、ボクは涙に溺れた金色の瞳を覗き込みました。
一瞬、昔の姉に戻ったのだろうかと思いましたが、その焦点は合っておらず、変わらず狂ったままのようでした。
それでも確かめたくて、硬いところをもう一度思い切り刺激すると、姉は先ほどまでと打って変わって、甘さの滲んだ悲鳴を上げました。そして身体を仰け反らし、虚空へ向けた瞼をぎゅっと結んで、アル、アル、とまたボクの名を呼びました。
ボクはただ、夢中でした。
夢中で姉の膣内を刺激し、姉に何度も名を呼ばせました。
子宮口と思われるところを力任せに圧迫し、指に絡みついてくる肉壁を押し開き、快楽を生じさせる場所を探りました。姉が身体を痙攣させ、初めての絶頂を迎えても、ボクは止めませんでした。聞きたかったのです。ただ、耳にしていたかったのです。姉の声を。ボクの名を呼ぶなつかしい声を。姉の身体の負担だなんて、考えもしませんでした。いつしか姉が意識を飛ばし、声を出せなくなっていることにすら、気付きもしませんでした。だって、ボクにはまだ聞こえたのです。姉の声が。狂う前の姉が、アル、アル、と愛おし気にボクの名を呼ぶのを。
それは奇跡のようでした。
まるで真理に届いたようだと、そう思いました。
決して狂えなかったはずのボクは、その声を聞いてから、これまでの自制心と姉への労わりをすっかり失くしてしまいました。
姉と意思疎通を行う唯一の方法にとり憑かれ、帰宅すると、姉の食事も入浴もそこそこにして、姉の肉体を悦ばせました。
初めてのときのように膣へ指を入れれば、すでに覚えた姉の性感帯を刺激して、何度でも絶頂へ導きました。姉は胸が特に敏感で、先端を指の腹ですり潰してやったり、肉を揉みしだいてやったりすればやるほど、金色の髪を振り乱して善がり狂い、昂った声でボクの名を呼びました。
これまでどれだけ話しかけても、泣き喚いて意味のない声を発するだけだった姉が、ボクの与える快楽には直接的な反応を示し、名前すらも呼んでくれるのです。それはまるで、昔ふざけて互いの身体をくすぐりあったときのようでした。まるで母が亡くなったあと、さびしい夜に互いのぬくもりを求めあい、裸のまま抱き合って眠った晩のようでした。
しばらくすると、姉がボクを呼ぶ声を聞いていなければ、気が休まらなくなっている自分がいることに気が付きました。町で修繕を請け負ったり、土木作業を手伝ったりしていても、まったく集中できず、あの声のことばかり考えてしまうのです。
町の人には錬金術の研究が忙しいからと嘘を言って、極力外に出ないで済むようにと、修理してほしいものがあったら家の前へ置いていってもらうようになりました。そうすれば、疲れも眠りも知らないボクは、一日中ずっと姉を愛し、その声を耳にしていられます。
姉は陰部から頻繁に出血するようになり、失禁の回数も増えましたが、以前のように癇癪を起して暴れることもなくなり、常に呆けた顔で涎を垂れ流すだけになりました。一方、与えられている快楽のせいか胸だけはどんどん膨らんでゆくものですから、ボクは姉がもっと綺麗になるようにと願いを込めて、毎日その白く丸い表面をなでてやりました。
そうした交わりは、ボクと姉がひとつになれる、ただひとつの手段でした。肉体は成長してゆくのに、心が砕けてしまった姉と、心ばかりが老いてゆき、成長する肉体を持たないボク。ふたつの不具が重なり合って、やっとひとつの完全体になれたのです。
昔からふたりでひとつだったボクたちの魂が、長い別離を経験したあと、もういちどめぐり会ったのだと、そう感じていました。
けれど、結局それは、孤独に疲れ果て鬱屈したボクの、虚ろな願望でしかなかったのです。
そして、それに気付いてしまったことで、ボクたちの生活は、破滅を迎えることとなったのです。
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